財団設立趣意書

故・井上節子女史1.設立の趣旨

 最近の近代科学・技術の発展は、まことに目覚ましいものがある。たとえばコンピューター関係の科学・技術の展開は、情報化社会の幕を開き、社会生活・諸文化の大きな変化をもたらしつつあるし、また、生命科学の驚くべき進歩は、医学・医療のみならず、諸産業を変革しつつ、新しい生存秩序の確立を促し、ひいては、社会科学、哲学、宗教までも包摂した新しい生存科学を生み出すまでに至っている。そして、こうした成果の背後には、着実な基礎科学の歩みがあることも忘れてはなるまい。
 とにかく、われわれは、広汎な領域で近代諸科学、すなわち、数学、物理学、生物学、医学、薬学、生命科学などの成果の恩恵に浴しているのである。そして、これら諸科学ないし技術の進歩はさらに加速されるのであろうし、その成果を人類が英知をもって駆使するとき,真の全人類のための高福祉社会が実現されることになるであろうが、そのためには、国家や企業と並んで、われわれ一般人もまた科学技術の発展の基礎を培う基礎科学の研究に多大の関心を持ちつつ、協力を惜しまない態勢を築いていかなければならない。諸科学の成果の恩恵にあずかる以上、財政的余力があるならば、それを投じて、基礎科学の発展に貢献すべきことは、市民の当然の責務であるといえよう。
 以上のように考えて、理科学を中心とする自然科学の基礎的研究の振興に資するため、研究者の養成のための研究を助成し、すぐれた研究者を表彰し、自然科学の国際的交流を図る等の資金として、さしあたり5億円を拠出し、財団を設立しようとするものである。

2.設立申請に至るまでの経過

 本財団の提唱者は井上節子であり、必要な財産を拠出する。井上節子は、配偶者故井上正朋の庇護と激励により一応の財を成したが、その生い立ち必ずしも恵まれず、若年より病に冒されること多く、18歳にして胸部疾患・心臓脚気により入院以来、今日まで入院闘病の繰り返しであった。その間、生命の岐路に立つことも度々であった。幾度ともなく直面した危機も、その都度進歩した医学・医術に救われ、科学の発展の恩恵に浴し、今日にいたった。現在もしばしば入院治療しており,又夫に先立たれ、子宝にも恵まれなかったことから、理科学の発展の恩恵を受けた一人としては、遺財は、数学・医学・物理学など近代科学の基礎造りのため地味な研究に営々として取り組みながら、必ずしも恵まれない研究者の尊い努力に報い、もって理科学の発展のために役立てたいと決意した。
 同人は従来恵まれない人への援助を惜しまなかったのであるが、今般さらに進んで優れた権威者の協力のもとに、5億円の現金を拠出して財団を設立し、理科学を中心とする自然科学の基礎的研究の振興を図るための諸事業を行なおうとするものである。

1984年2月20日
設立代表者
茅 誠司

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